ラブドールとの出会い
かつてダッチワイフと呼ばれていた性欲処理の道具としてのそれと、今ラブドールともリアルドールとも呼ばれるそれ。
目的は同じ。性欲を満たすためのもの。
だが、なんとなく少し意味合いが変わってきたように思える。
初めて生身のラブドールに触れたのは、マーチが引き入れた世界で動画を作るようになって数日後。
ラブドールたちのウィッグをとかす仕事をお願いされた時だ。
ラブドールのサンプル品は敷地内のプレハブに箱から出された状態で保管されている。
立地の関係からか滅多にお客様がいらっしゃることはないが、それでもぽつぽつと実際に見てみたいという方はいた。
なので定期的なお手入れが必要だった。
ウィッグをとかすのもそのうちの一つ。
重要な仕事だ。
ベルドール東京の敷地の一角にあるプレハブ。
当時、ここにサンプル品のラブドールが保管されていた。
皆がいる事務所からそこまで離れていないのに、プレハブは不思議と静けさが漂っていた。
私の緊張がそう感じさせたのかもしれない。
明かりをつける。
いくつもの視線を感じた。
見られてる…?
実際、そこには十数体のドールがいるのみで、私以外に生きているものはいなかったわけだけれど…
人気を感じてしまうのだ。
それくらいヒトの形をしていた。
すでにPIPER DOLLやDOLL HOUSE168の公式画像は見ていた。
ラブドールというのはずいぶん本物っぽいんだな、とは思っていたけれど。
実際に目にすると、また印象が変わる。
正直、怖かった。入口で足がすくむ。
写真ではかわいい、とかキレイとかそういう印象しか持たなかったのに。
なぜ恐怖を感じたんだろう…?
おそらく、たくさんのヒトの形をしたものに圧倒されてしまったのだろう。
洋服屋さんでマネキンは見たことはあったが、こんなたくさん、しかもほぼ全部が裸体、かつ膝をまっすぐ伸ばした状態で椅子に座っている。
裸体なのは、すぐに大きさや感触を試してもらえるように。
膝を伸ばしているのは劣化させないように。
いまなら理解できるが、当時の私にはそんな知識もなく…
たくさんのヒトの形をしたものが、不自然な姿勢でじっとしている。
それだけのことがこんなに恐怖心を煽るのか…
勇気を出して室内に入り、一番端にいたドールから髪をとかす。
触れるのも初めての経験でドキドキした。
学生の頃、休み時間に友人と髪の毛をアレンジし合って遊んだ時のことをなんとなく思い出していた。
他人の髪の毛に触るなんて同性同士とはいえ、なかなかなくて。
思った以上に細い友人の髪の毛に、妙に緊張したっけ。
気づけばドールに話しかけていた。
最初は恐怖心を和らげるため、だった気がする。
でも気づくと、子供に対するかのように話しかけていた。
「髪の毛をとかす」という献身がそのようにさせたのだろうか。
最初は圧倒されるだけで、ドールを十把一絡げに見ていたが
髪の毛をとかしながら一体一体を見ていると、だいぶ個性があることに気づく。
一口にドールと言っても、大きさはもちろん顔つきや触り心地など、だいぶ違うんだな…
なかには昔の知り合いや前の職場の後輩などに似た顔もあって、ちょっと妙な気分になった。
全部のドールの髪をとかし終わった時、恐怖心はすっかり消えて別の感情が生まれていた。
母性、なのだろうか。
乱れた髪をとかしてまとまった状態にしただけで、ヒトの形をしたものから、かわいい女性へと印象を変化させた。
ドールのポテンシャルは高い。
でもドール自身は何もできない。
彼女たちの魅力を引き出すのも殺すのも、手入れをする人間次第なのだ。
自分次第で自分好みの理想の姿にできる。
手間はかかるけど、その分の成果は確実に反映される。
この感情はなんだろう?
達成感?支配欲?
わからないけど、確実に私はラブドールに魅力を感じていた。
もっとも私の感じたこの魅力は、着せ替え人形の遊戯性に近く、男の人が思うラブドールの魅力とはかけ離れているかもしれない。
だがしかし、ラブドールに性欲を求めない私にとって、これはちょっとした発見であり、この角度からであれば、男の人ともラブドールの魅力を共有できるかもしれない、と感じた。
もちろん全部を完全に理解することは性差によって不可能だけれども。
確実に言えるのは、このような感情はダッチワイフでは抱かなかっただろう、ということ。
きっとこの先、もっとヒトに近い造形になっていくに違いない。
人工知能が搭載されるかもしれない。
より人間らしくなった時、相対した私はどのような感情を抱くのだろうか。
文:見習い魔女っ子ジェシー